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広島地方裁判所 昭和43年(モ)709号 判決 1968年6月12日

当事者の表示は別紙記載のとおり。

主文

申請人らと被申請人間の広島地方裁判所昭和四三年(ヨ)第三四〇号自動車仮処分申請事件について、当裁判所が同年五月六日になした仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、

一、申請人らがいずれもタクシー業を営む会社であり、被申請人が、申請人らの従業員をもって組織する労働組合であること、被申請人は、賃金値上げを要求して、昭和四三年四月二五日以降ストライキを含む春期斗争を展開し、同年四月三〇日、五月一日の両日に亘り、その組合員に指令して、申請人らの所有する本件自動車を、本件車庫に集結せしめ、以後これを占有保管し、ために申請人らの右自動車の使用が妨げられていたことは当事者間に争いがない。

二、被申請人は、本件自動車の占有保管行為は、争議行為として正当なものであると主張するので、この点について検討するに、憲法が財産権の保障と並んで労働基本権を保障していることは被申請人の主張するとおりである。これは個人としては、微力な労働者に、団結権、団体交渉権その他の団体行動をする権利を保障することによって、労使の実質的対等を実現しようとするものである。そして、ここに言うその他の団体行動をする権利が、争議権を意味することは明らかであるが、争議権とは「労働者の力」即ち「労働力」の団結によって使用者に対抗する権利であって、窮極的には労働者が一致してその労働力の提供を拒否することにより、その要求の貫徹をはかる権利であり又それに止まるのである。そして争議行為の一形態として認められるピケッティングも、労働者の労働者に対する関係としてとらえられるべきものであり、それは労働者が、他の労働者に訴えて、その労働力の提供を阻止する行為として是認される(勿論その阻止行為が社会通念上相当と認められる範囲内においてのことである。)ということであって、生産手段に対して直接の支配を及ぼし得るとするものではないのである。従って、タクシー会社における争議行為の特殊性から、唯一の生産手段ともいうべき自動車の占有保管が、ストライキの実効を期す上において必要不可欠のものであったとしても、その必要性の故に、自動車の占有保管が、いわゆるピケッティングとしてであれ、争議行為として正当なものとなるものではないと解すべきである。このように解すれば、具体的な個々の争議において、労使対等が実現されない場合も生じて来るが、労使対等の原則と言うも、それは、前述したように、資本の力を有して強い立場に立つ使用者に対して、個人としては弱い労働者に、労働基本権を保障することによって、使用者と対等の位置に立たせようとする抽象的理念の表明なのであって、個々の争議における力の相違に手を加えて、労使の力を常に均衡させようとするものではないのであり、個々の争議における力の差については、双方がそれぞれに法的に是認される手段、方法によって対処して行くほかはないのである。

右のとおりであるから、結局この点についての被申請人の主張は理由がない。

三、次に、被申請人は、本件車庫における自動車の占有、少なくとも、申請人らのうち、平常本件車庫を使用していた敷島タクシー、胡タクシー、丸三タクシー及び広三タクシーの四社の所有する八七台については、排他的な占有であるとは言えないから、申請人らに対する権利侵害にはならないと主張するが、排他的な占有でないことを疎明するに足る資料はなく、かえって≪証拠省略≫によれば、本件自動車の占有の態様は、申請人らの権利行使を排除する如きものであり、被申請人所属組合員である右四社の従業員による通常の営業状態における如き、各所有会社の占有代理人乃至占有補助者としての占有とは異なるものであったことが一応認められるから、被申請人のこの点の主張もこれを容認することはできない。

四、更に、被申請人は、争議権行使の必要性から例外的に排他的支配も許容される旨主張するが、争議行為の必要性から、排他的支配が適法となる余地はないものと解すべきであるから、被申請人の右主張も理由がない。

第二、

一、申請人らが、中小規模のタクシー会社であることは当事者間に争いがなく、被申請人の本件自動車の保管によって、申請人らの収益が減少し、企業として回復しがたい損害を蒙る可能性のあることは、経験則上これを認めることができ、又≪証拠省略≫によれば本件自動車中、千枚どおしでタイヤ、チューブを破り或いは空気を抜く等の方法により、多くの自動車にパンク等の損害を与えていることが一応認められ、これらの事実よりみても、申請人らの本件自動車に対する権利を保全する必要性は大であると認めざるを得ず、右保全の目的を達するためには、申請人らの求める如き内容の仮処分をすることが相当であると解する。

二、被申請人は、右の如き仮処分は、経営者に争議中の操業権を認めることになるから違法であると主張するが、労使間において、いわゆるスキャッブ禁止の協定でもない限り争議中であるからと言って経営者の操業権が否定されるわけではないから、被申請人の右主張は、主張自体失当というべきである。

三、そこで保証について考えるに、仮処分における保証は、本案の権利関係が確定しないうちに仮の処分を行なうため、もし万一、誤った仮の処分が行なわれた際に、それによって被申請人に生ずる損害を担保するものであるところ、本件において、仮に申請が理由のないものであったとしても、本件自動車の占有を奪われたことにより、直接に被申請人に何らかの損害が生ずるとは考えられず、たまたま係争中の争議を不利に導くことはあっても、それによって生じた損害は、本件自動車の占有管理とは関連性はないものというべきである。したがって本件仮処分については、立保証の必要を認めない。

第三、以上の如くであるから、申請人らの本件仮処分申請は理由があり、これに対する本件仮処分決定は正当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 胡田勲 裁判官 淵上勤 高篠包)

<以下省略>

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